NUNOHENGE草子

無名のドレスデザイナーNUNOHENGE 

低くしゃがまないと、ジャンプは出来んぞ。

今週のお題「人生で一番高い買い物」

 

無名のデザイナーNUNOHENGEです。

 

[ミシン]

なんじゃ、浮かない顔じゃなあ。

また、サボテンかあ?

 

[へんげ]

ううん、サボテンくんは元気だよ。

私達の仕事って、このご時世には無理があるなあと思って。

 

[ミシン]

ああ、いくらでもインターネットで安くて良い服が買えるからのう。

 

[へんげ]

そう思ったら、やっぱりへこむよね。

 

[ミシン]

おまえさん、一つ前のブログでは「小さい頃に今の職業を決めた」みたいな事を、ドヤ顔で書いとったじゃないかの。

 

[へんげ]

あ、ばれてた?

私は、この仕事しか出来ないからさ。

 

[ミシン]

おまえさん、この仕事に就いてから、挫折も結構あったろう?

 

[へんげ]

そうなんだよ。

専門学校卒業して入社直後に、社内でパタンナーの新人研修があって。

 

[ミシン]

おや。デザイナーでの採用じゃなかったかの。

40年前の話じゃな。

 

[へんげ]

デザイナーも、パタンナーの知識が無いといけないとかで。

2週間位ずっと朝から晩まで、立体裁断とか型紙作りとかグレーディングとかの講義と実技があるんだ。

パタンナーのトップの方が指導して下さるんだけど、本当にきつかったなあ。

 

[ミシン]

そこで、けちょんけちょんにされたか。

 

[へんげ]

そうなんだよ。

私のガサツな性格が災いしてね。

毎日毎日、私だけが指導の先生に叱られるんだよ。

 

[ミシン]

それで?

 

[へんげ]

研修が終わったら辞めようと、密かに思ってた。

でもね。

配属先ブランドのチーフが教えてくれたの。

「一番元気のいい奴をまわしてやったぞ」って、指導の先生が言ってたんだって。

 

[ミシン]

元気の良さだけは、褒めて貰えたんじゃな。

 

[へんげ]

それで、辞めるのはもう少し先に延ばそうかなと思ったんだよ。

そして、仕事の時だけは几帳面になろうと心に決めたんだ。

才能がある訳ではないし、努力するしかないと思ったんだ。

今思えば、貴重な経験だったなあ。

 

[ミシン]

まあ、へこんだり上手くいかなかったり、そういう時もあるわな。

でもそれが、後から役に立つこともある。

低くしゃがまないと、高いジャンプは出来んからな。

 

[へんげ]

あ、今いいこと言ったね。

流石、家中で一番の高額商品ベテランミシンさん。

 

[ミシン]

おまえさんの作る服は、くせが強くて万人受けするデザインではないからなあ。

そもそも、インターネットや量産製品にかなうわけなかろう。

 

 

ぽんこつ山のへんげさん】

小学校低学年で、将来は服飾デザイナーになろうと決めた私ですが。

表向きは、それを隠していました。

将来の夢を聞かれると、小学生の頃はお花屋さんかパン屋さんと答えます。

(当時周囲で人気の職業)

中学生の頃は、アナウンサーか教師と言います。

(多分、こちらも人気職業)

高校に入ってから、やっとデザイナー志望を全面に出し、両親の説得に着手。

母は、私が公務員を目指しているものだとばかり思っていました。

(母もしきりに、公務員になるようにすすめてくるし)

 

そんな母が制作したシルバーの指環。

 

 

和裁、洋裁、着付け。

それ以外にも、陶芸、書道、彫金も行う母。

和裁洋裁以外、始めたのは60歳過ぎてからだそうです。

何事も、始めるのに遅すぎることは無いらしいです。

あっぱれ。